「とがった才能」よりも大切な能力

 「発達障害のある人は、得意と苦手の差が大きい。だから、得意な部分を伸ばせばいい」

 という言説を、よく見聞きします。

 確かに得意な部分を伸ばすのは大切なことです。ただ、この言説を受けて、「何らかの『とがった才能(個性的なアイデアを出す力・特定の分野への並外れた集中力など)』を発揮すべきなのだ」と考えすぎると、「とがった才能よりも大切な能力」を軽視してしまう場合もあるかもしれません。

その「とがった才能よりも大切な能力」とは、

 「『自分には何がどのくらいできるのか?』を、正確に理解する能力」

 です。つまり、少しややこしい言い方になりますが、「自分の能力を理解する能力」です。

 例えば、「人前で流暢に話すのが苦手だが、文章を書くのは割と得意」という人がいるとします。その人が「大勢の前でのプレゼン」を任されたとき、「自分はアドリブで話すと言葉につまってしまう。でも事前にきっちりと台本を書くことはできる」という「自分の能力の理解」ができていれば、プレゼンの台本を早めに作り出すことで本番に上手く話せるかもしれません。

 しかし、「発達障害があるなら『とがった才能』で勝負すべき」という価値観だけにとらわれると、このような冷静な対処が難しくなるかと思います。例えば、「とにかく何か個性的なプレゼンをしなければ」と漠然と考えるだけで、「自分はそもそも人前で話すのが苦手かも?」という振り返りはできていないから、具体的な対策ができない――といったことが起こりがちです。

 「とがった才能」に比べると、「自分の能力を理解する能力」は、地味な能力だと感じられるかもしれません。しかしこの能力は、仕事や勉強などの様々な課題で役立ちます。どのような課題も、「自分にできることは何か」を理解せずに取り組むと、当然失敗しやすくなるからです。

 なお当センターでは、そのような「能力の理解」のサポートも行なっております。お困りの際はどうぞお電話下さいませ。

※ 本エッセイは継続的に更新されます。毎回、発達障害やそれに関連するお悩みをテーマとし、そのお悩みの理由や対処法を考える上で役立つ知識・考え方などをご紹介いたします。

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